”こころのカフェ”
女性のためのカウンセリングルーム 東京・目白
足踏まれて腹を立て、線路上に突き落とす・・・事件
足踏まれて腹を立て、線路上に突き落とすという事件。

幸い線路に落とされた男性は自力で這い上がり、軽い怪我ですんだものの。突き落とした男性は「むかついたのでやった」と供述しているそうです。電車が来ていればとんでもないことになっていたと思います。

腹を立てるのはよくあること。人間ですから、ついカッとなることだってあると思いますが、その感情をすぐに行動に移してしまうなんて。

キレルという言葉が一時期、報道などでいわれていましたが、それは少年事件だけのことではありません。

理性というものは人間だから持っているもの。嫌だから、嫌いだから、腹が立ったからといって事件を起こしていたのでは社会が成り立ちません。

このような事件があるたびに、なんだか悲しくなってしまいます。
命というものを大切に、大事に考えてもらいたいのですが。


もうすぐ・・・
もうすぐ父の三回忌。
父を亡くした直後は、葬儀のこと、母のこと、家のこと、いろいろやらなければならないことがたくさんあって、それに対応するのがやっとでした。

あっというまの三回忌。
来月は里帰りします。父を思い出すと胸が痛みます。
もっとやってあげることはなかったか、何か私にできることはなかったか。

確かに病院の対応にも不満があったし、治療は東京でしてあげればよかった。と、どこかに引っかかっているものがあります。
それでも父は帰って来ない。

今まで同級生や同僚、職場での知り合いの死というものを経験しましたが、やはり親というもの、肉親や近い人の死というものに遭遇し、「死」ということを改めて考えました。

そして後悔だけはしないようにしよう、と思っています。
人が一人いなくなることがどれだけ重いものか。

いじめでの死、自殺をくいとめたおまわりさんの死、タミフルが原因かもしれないという死、家族を巻きぞいにした死、悪意をもっての死、たくさん毎日のように報道されている「死」というものが、自分の最愛の人のことだったら?自分にかけがえのない人の死だったら?
と投げかけずにいられません。

そしてもちろん「自分の生きている意味というものが必ずある」ということを伝えたいです。

今日のブログは重たい話題ですみませんm(_ _)m

セミナーにて
とあるセミナーに参加してきました。
内容はさておき、「サカンドオピニオンも大切」とか「医師にインフォームドコンセントを求める」とかの話が出てきました。
確かに好意的な病院やお医者様は、そういったことに対応してくれるでしょう。
でも私の経験では「はい、では」ということがありませんでした。

ちょっと前に知人の件で、医師(知人)に転院受け入れをお願いしたことがありました。
「うーん、できないことはないけど・・・今の主治医の先生のこととか・・・」と言葉を濁されてしまったのです。
命に関わる、そして先の短い人生をどのように治療していくかという究極の時だったのに、とても悲しい思いをしました。

そして主治医の先生に内緒にして別のところに行かないと・・・という人もまだまだいるんですよね。

今日の先生は、「あなたの体のデータはあなたの財産です、セカンドオピニオンを希望する場合には、主治医の先生に検査の結果などをきちんと求めてください」とおっしゃっていました。
本当にそう思います。そうできればいいと思います。

私の中にある「もやもや」としたものをまた思い出してしまったのでした。
そういうセミナーではなかったんですが・・・(汗)
自分だったら?
女性を助けようとして電車にはねられてしまった警察官。
今でも重症で危険な状態が続いています。

私も上京した時、不安がいっぱいでした。
駅の近くには住んでいたのですが、東京はなんだかた怖い。
田舎者のわたしには危険がすぐ隣り合わせのような感じでした。

引っ越してしばらく経った時、交番のおまわりさんに「引っ越して来た方ですか?これに記入して欲しいのですが」と紙を渡されました。
それは住所や家族構成を記入するものでした。
その時少し戸惑いながら記入し、そのおまわりさんと少し話したことを覚えています。
駅前の交番の方だったので、次の日からは「おはようございます」とご挨拶。私を覚えていてくれているのかなぁと思いつつ、でもたくさんの人が行きかう駅前。いちいち覚えていないかも・・・と思っていました。
でも毎朝私を見て笑顔で「おはようございます」と言ってくださったこと、「やっぱり覚えていてくれているのかも・・・」と思うようになりました。
他の人とも同じように接しているのかもしれませんが、一人暮らしの私にはとても心強い挨拶でした。

何かあったらこの交番に行けば助けてくれる、なんとかなる、と自然に思えるようになっていきました。

それからしばらくしてそのおまわりさんはいなくなってしまいました。
配置換えだったのかもしれませんが、その後交番勤務をしている人に、朝の挨拶をしてもそっぽを向いている人もいれば、人形のようにただ立っているだけのおまわりさん・・・
あ〜ぁ、せっかく顔を覚えてもらったのになぁという悲しい気持ちと、都会はこれが普通なのかも、という諦めの気持ちでした。

あのおまわりさんはどこに行ったのかなぁ・・・異動先でもあんな風に住民の人と接しているのかなぁと思うこの頃です。

そして女性を助けたおまわりさん、一日も早い回復を心から願っています。